【前回の記事を読む】“8年間も昏睡状態”のはずの元いじめ被害者が夜中に動き出し、次々と加害者たちに手をかける…その驚愕のトリックを解明!
眠れる森の復讐鬼
「石破から梨杏が俺のことを好きだと聞いても、全く何も思わなかった」
蒼は夕焼けから視線を外さぬまま、ぽつぽつと語り始めた。
「だがその後、この公園で本人から直接付き合ってほしいと言われた。それでも全く何も思わなかったが、断る理由も無かったから引き受けることにした。その後交際が続いたが、向こうはともかく俺はやっぱり何も感じなかった。恋愛などこんなもんなんだろうと思っていた。
そして、その直後に梨杏に対するいじめが始まった。いじめの発端は宇栄原桃加の嫉妬だった。俺はその前からちょくちょくあの女につきまとわれていたが、俺が梨杏と付き合っていることに気付いたらしい。それから露骨に梨杏を虐めるようになった。
俺は女の嫉妬なんて馬鹿らしいと思って、いじめのことも見て見ぬふりを通していた。だがいじめは酷くなる一方だった。これ以上梨杏と関わるのは自分の名誉のためにも良くないと思い始めた時だった。彼女の方から別れてくれと言ってきた。理由を聞いてみたが彼女は何も言わなかった。
俺も受験勉強で忙しいし、損になることはしたくないと言って別れることになった。それからしばらく彼女とは会っていなかった。
高二の三月二十二日の夜、俺は試験の成績が悪くて父親と激しい口論になって、家を飛び出してこの公園に来た。午前零時を過ぎても俺は家に帰らなかった。このままここで夜を過ごそうと思ってベンチに寝転がっていた。
その時遠くの広場に梨杏の姿を見た。彼女は持ってきたポリタンクに入っていた灯油を頭から被った。俺は驚いて背後から近付いて、『何してるんだ?』と訊いた。頭から灯油でびしょ濡れになった彼女は振り返って俺に気付くと最初は驚いていたが、すぐに悲しそうに笑って『今までありがとう』と言った。そして持っていたライターに火を点けた。
あっという間に彼女の全身が燃え上がり、火だるまになって苦しそうにのたうち回った。俺はその周りを叫びながら飛び跳ねて、救急車を呼ぶのも遅れてしまった。サイレンが近付く頃には黒焦げになった彼女はもう動かなくなっていた。俺はその場で腰を抜かしていたが、救急隊が来る前にその場を逃げ出した。彼女は今城病院に救急搬送された。
俺はその頃まだ現役だった主治医の父親に無理を言って、彼女に面会した。全身火傷は酷い状態で人間であるのかも分からない程だった。それからが地獄だった。毎晩彼女の夢を見た。彼女が振り返って俺に向かってにこっと笑う。そうすると彼女の全身が炎に包まれて鬼のような顔で俺に抱き着いてきた。逃げようともがく時にいつも目が醒めた。