【前回の記事を読む】幸福から悲劇へ――夫の光が消えた瞬間、姫は愛と死の運命を悟った
夢子
薫子(かおるこ)は綾小路から京都大学へ向かい鴨川沿いを徒歩で通学している。イヤホンから聞こえるオリビア・ニュートン=ジョンを聞きながら、少し汗を滲ませ歩いている。三回生になり六年制の医学部のカリキュラムは半ばに差し掛かっていた。
暫くぶりの梅雨の晴れ間とあって、鴨川を通り抜ける風は心地良い。東山の奥に比叡の山がくっきりと見えている。薫子はいつものように大学構内の売店でコーヒーを買って早めに教室に入り、ゆっくり飲み始めた。今日の一限目は薬物療法だ。すると後ろから肩を叩かれた。
「よ、おは」
同級の小野樹(おのいつき)だ。
「おはよう、樹も早いやん」
薫子も振り返って挨拶した。樹は薫子の隣に陣取って、
「薫子を売店で見かけたし、俺も早く教室に入るわと思ってな」
樹は仲の良い同級生で、いつも連んでいる遊び友達の数人のうちの一人だ。
「なあ、夏休み、どないすんの。薫子も京都やから里帰りなんかしいひんよな」
「そうやな、ここは暑いからあんまりいとうないんやけど親戚もいいひんしここにいてるわ。きっと」
薫子がだるそうに答えた。
「俺もここやし、暇やわ。なんか面白そうなことあったら教えてや。絡ませてや」
「ええよ。なんかあったら連絡するわ」