【前回の記事を読む】「自分のせいや」入院中の友人が見舞い後に亡くなり、ある特殊能力をもつ女学生は自分の力を恨んだ

夢子

今日の講義は病態生理だ。階段教室に五十名ほどの学生が着席していた。薫子は教授の板書を必死でノートに取っていたが教授が板書を止めて振り返り、

「ところで、人は何故、死ぬのか、分かるかい」と、急に言い出した。

「答えは簡単だ。生まれたからだ。では、死を否定してみよう。死なないとどうなるだろうか。細胞は永遠に新陳代謝を繰り返さなくてはならない。

そのためのエネルギーを補給しなくては維持できないのは当然のことだよな。染色体の分裂能を考えると、繰り返せば繰り返すほど転写ミスが増え、がんの発症確率が高まる。

それでも死なないとすると、我々の最後はがんの塊になり栄養補給ができなくなり細胞は飢え死にする。つまり結局死ぬのだ。

そこでだ、医学がどの時点で関与するかが重要だと思わないかい。諸君は医者になったらそれも背負うことになる。生き死にだけでなく、患者の人生にも寄り添わなくてはいけない」

薫子には刺さる話だった。教授の話は診断名だけでなく死に方も重要だと言っているように聞こえた。

考えさせられた講義を受けた後、薫子が夕方帰宅すると事件が起きた。いや、起きていた。玄関には男物と分かる来客の靴が揃えてある。

「お嬢様、お客様です」

と、言っていねが薫子を応接間に案内した。そこには何とあの交差点の男が座っているではないか。

「どういうことなの、あんた」

薫子は怒りに満ちた口調で叫んで、男の次にいねを睨みつけた。

「申し訳ございません。お話ししなければならないと思いまして、上がっていただきました」

いねの信じられない言葉に薫子は驚いた。いつも味方だったいねがこんなことを言うとは想像もしていなかったからだ。

「ばあやが? 何で?」

「まあ、立っていても何ですから座りましょう」

いねが薫子に言って、二人はソファに腰を下ろした。

「お嬢様にはこれからお話しすることを聞いていただかないとなりません。そしてその上でどのようにされるかご判断ください。いねはその決定に従います」

薫子はいきなりのいねの重い口調に驚いたし、この男にも言いたいことが山ほどあるが、取り敢えず話を聞こうと思い心を落ち着かせようと努力した。

「私は今から千年くらい前にお嬢様のご先祖様の左大臣道長様の姫、夢子様の乳母としてお仕えしておりました」

「ええっ、千年前!」

いねの発した言葉にそう叫ぶしか声が出なかった。