「左様でございます。私は左大臣道長様が密かにご寵愛なさった姫君が夢子様をお産みになった時にお仕えした乳母でございました」
「左大臣道長って、あの藤原道長のこと?」
「左様でございます。その姫君の夢子様は生まれつきご病弱で、十五の時にその寿命が尽きそうになり死を目前にされておりました。そこへ冥界から閻魔大王がやって来られて、何故か夢子様にお情けをお掛けになったのでございます。
死にゆく者へ安らぎを与える仕事をするならば、あと十年の命を授けると仰ったのでございます。夢子様はその後すっかりお元気になられ、殿御と契りを結ばれ姫様がお生まれになると、姫様が十歳になった日にお亡くなりになりました。
私はその折に閻魔大王よりお側役として永遠の命を授けられたのでございます。ですから、千年の間、代々のお嬢様にお仕えしてお生まれになる姫君をお育て申し上げてきたのです」
いねが自分の素姓を初めて明かしたが、薫子はいきなりお伽噺のようなことを聞かされ言葉が出ないままでいた。それを見て今度は黒いスーツの男が話し始めた。
「私は冥界の閻魔大王にお仕えするもので宮比羅(くびら)と申します。夢子に始まり、そなたの母親道子に至るまでは実に立派に課せられた仕事を全うしてくれました。
お陰で冥界に送られた亡者は心穏やかに閻魔大王の前にやって来ました。そなたの先祖は養生所や被災地に出かけ、命僅かな人に触れ穏やかな死を与えてきたのです。
しかし、そなたの代になり、全くその仕事がなされていないことに大王は心を痛めておいでです。そのため私がこうしてそなたの前に現れたのです」
宮比羅が言うと、
「そんな千年も前のことで私が縛られるなんて冗談じゃないわよ。その夢子という人がどんな約束をしたか知らないけどもう十分でしょ。私は人を助けることにしたの。あの世に送る手助けなんてごめんだわ」
薫子はいねの話は黙って聞いていたが、どうもこの男が気に入らない。運命を押し付けられていることに元々納得していなかったのに加え、いねまでもがグルだったことにショックを受けている。