【前回の記事を読む】目の前で衝突事故。宙を舞った男を見た瞬間、背後の青白い影が囁く「あの男、死ぬで」
夢子
薫子が大学受験をする時に願書に親の名前を書く欄があった。
「ねえ、ばあや。お父さんを知っているやろ。どんな人なん?」
薫子は母に何度も聞いたことがあったが、いねに聞くのは初めてだった。
「旦那様はご立派な方でした。貿易商をされておいででお留守の時が多かったですけど、奥様を大切にされて私にも優しくしてくれました。お嬢様がお腹にいる時に突然事故でお亡くなりになりました」
「そうなんや。会ってみたかったな。話は変わるけど、医学部は結構お金がかかるんやけど。この家にいくらあるのかも知らんけど大丈夫やろか」
薫子はいねにこんな話をするのも初めてだった。
「ご心配はいりませんよ。お嬢様の人生を三回も四回も過ごせるくらいの資産が当家にはございます」
「せやけど、相続税とか固定資産税とかでどんどん減ってるんやろ」
「お嬢様はご心配なさらないでしっかりお勉強なさってください。お金のことは私と弁護士の先生がしっかり管理していますから」
いねはそう言うと話を切って家事をし始めた。
いねは家事を全て引き受けてくれる使用人であるが、薫子にとって唯一の家族でもある。いねは献身的に亡き母や薫子に仕え、快適な生活を提供してくれている。不思議なくらい元気で風邪などを引いた姿を見たことがなかった。そればかりか肌の艶は薫子が子供のころ見たいねと殆ど変わらないくらい若い。
「ねえ、ばあやは皺対策なんかどないしてるん? 全然増えんよね。そのうち私の方がおばあちゃんになりそうやわ」