「ええよ、今じゃなくても。元気になったら返してくれはったら」
と、言いながらも薫子は思わず手を出して本を受け取った。その時薫子には瑠美の指が自分の指に触れたのが分かった。変化が起こったのはそのあとすぐだった。
「お母さん、今日はめっちゃ気分がええねん。みんなと屋上に行きたいわ。ええやろ」
と、瑠美が明るく母親にせがんだ。
「あら、お友達が来てくれて元気が出たのね。久しぶりに行こうか」
と母親が言い、瑠美は車いすに乗ってみんなを屋上に案内した。
「ほら、ええ眺めやん。あそこが五山の大文字。こっちは京都タワー。あの辺りが中学や」
瑠美は目を輝かせてみんなに説明した。
薫子が自分の能力をまざまざと知らされたのは三日後だった。
「昨日、山下瑠美さんが亡くなりました。この中のお友達がお見舞いに行ってくれたそうですが、大変喜んでいたとお母さまが話してくれました。いいことをしましたね」
担任の先生からその話を聞いた薫子は、
〈自分のせいや〉
と、自分を責めた。母は既にこの世にはいない。誰にも話せない苦痛を全て自分で背負わねばならないと感じた苦い経験だった。多感な年ごろの薫子を暫く苦しめたこの事件は能力を封印させるには十分な出来事であった。
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