薫子はさっきの男の言葉で気持ちが沈んでいた。最近事故や救急車を見ると必ずそばにあの男がいるのだ。十一年前、薫子が十歳の誕生日が近づいたころ異変が起きた。
「なあ、お母さん、薫子ね、最近変なんよ。友達の頭の上に変な光が見えるんよ。病気かなぁ」
母の道子(みちこ)は目を伏せて、また開いて薫子を見つめて話し始めた。
「そう、その時が来たんやね。もうすぐ誕生日やな。早いわ」
「何のことやわ。光のことやわ」
「ええか、よく聞くよ。大事なことやし。これから話すことは他の人に絶対話したらあかんよ。話すとあんた死んでまうし」
「……」
「昔、千年くらい昔にな、遠い遠いおばあちゃんが病気になってその時に閻魔様と約束をしたんやわ。命を延ばす代わりに閻魔様のお手伝いをすると。
薫子に見える光が消えるとその人はあの世に行ってまうの。普通は死神が一緒についてあの世に行くんやけど、その時は苦しいままあの世に行くんや。薫子が光の消えそうな人に触ると、その人は苦しまないで安らかに閻魔様のところへ行けるようになるんや。
お母さんもずっとその仕事をしてきたんや。お母さんが触ると苦しまないで安らかに旅立つのや。だからお母さんは看護師になったんよ。お母さんは薫子が十歳になると死ぬことになっているんや。薫子も子供を産むとその子が十歳になった時に能力を失って死んでまうの」
「えっ、お母さん死んでまうの? いやだよ、いやだよ、そんなの」
薫子は母の話した内容は全く理解できなかったが、母が死ぬと聞いて大声で泣き喚いた。
「仕方ないんや。それが運命(さだめ)やし。薫子は長生きするために子供を産んだらあかんよ。ええな。あんたでこの呪いを終わりにしてや」
道子は薫子を抱きしめて一緒に泣いた。
母は話した通り薫子の誕生日の朝、起きてこなかった。死因は心筋梗塞と診断された。十歳の誕生日までの数日間で道子は語るべきことを全て薫子に語ったが、小学生の薫子には到底理解できる内容ではなかったし、実に重い話であった。
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