一か月ほど経った時、奇跡が起きた。父親も『もう助からないだろう』と言っていたのに、梨杏が意識を取り戻したんだ。人工呼吸器も離脱した。だが、今度は彼女の地獄が始まった。

彼女は生き返ったことを頻りに口惜しがって泣いた。だが、それ以上に俺達を困らせたのは、彼女が自分の姿を見たがったことだ。俺も経子さんも梨杏には絶対に鏡を見せないようにしていたが、自分で看護師に頼んだのかある日鏡を手に入れて、遂に自分の顔を見てしまった。その後の彼女の様子は口では言い表せない。

ただ、隙を見ると自殺行為を繰り返し、それを止めようとすると奇声を張り上げて、あの華奢な体のどこにそんな力があるのか、ひどく暴れた。そして『もう死なせてください』と泣きながら眠った。その繰り返しだった。

丁度ゴールデンウイークの時だったから俺は一日中ずっと梨杏に付き添っていた。見兼ねた父親が彼女を精神科のある病院へ転院させようとした。俺は断固反対したが、このままでは彼女が自殺する危険性が高いと言って聞き入れられなかった。

それで、俺は父親に嘘をついた。実は梨杏に火を点けたのは自分だと言ったんだ。彼女が焼身自殺した日に俺は家出をしていたから、父親もうまく騙された。

他の病院へ転院すれば息子の犯罪が暴かれるかもしれないと思ったんだろう。彼女を特別待遇にしてくれた。彼女の治療も俺に任せると言った。失敗してそのまま彼女が死んでくれればいいと思ったんだろう。

だが、彼女の打ちひしがれた心にはどんな向精神薬も無効だった。彼女の自死の思いを留まらせることはできなかった。