【前回の記事を読む】「それからが地獄だった。毎晩彼女の夢を見た。彼女が振り返って俺に向かってにこっと笑う。そうすると彼女の全身が炎に――」
眠れる森の復讐鬼
俺は高校を卒業して東京の私立大学の医学部に通うことになって、週末しか梨杏に会えなくなったが、その間も父親にこの治療法を続けさせた。医師免許を取った後は、勿論今城病院での研修を希望した。俺は晴れて梨杏の主治医になったわけだ。梨杏も経子さんも心から喜んでくれた。
その頃には医師も看護師も職員が殆ど入れ替わっていたから、昔のことを知っている者もいなかったから都合がよかった。毎晩九時になると短時間ではあるが、回診と称して四階病棟に梨杏に会いに行った。理由を訊かれたくなかったから、行く度に看護師に当たり散らして自分に寄せ付けないようにしていた。
梨杏はその頃にはだいぶ落ち着きを取り戻していた。だが、彼女を普通の生活に戻すのはまだ不安があった。八年間も昏睡状態だった人間が今更意識を回復する不自然さを恐れただけではない。彼女が日常生活に戻れば再び他人の目を恐れて心が壊れてしまうのではないかと思ったからだ。
このままの生活を続けて、俺と経子さんとだけ会っているのが彼女の幸せなのだと思っていた時に、あの三人が病院に搬送されてきた。俺は罰が当たったんだ、ざまあ見ろと思って、七月十七日の夜、梨杏にそのことを伝えた。
そうしたら、彼女は半狂乱になって『もう終わりよ、もう死にたい』と言って泣き出した。『あいつらは罰が当たって、動けないから心配いらない』と落ち着かせようとしたが無理だった。そして、遂に彼女があいつらに何をされたのか聞き出したんだ。彼女もそれまでそのことだけは俺に絶対言いたくなかったんだろう。
だからそれを聞いた時、心の奥底で怒りが爆発した。今までにここまで人を憎んだことはなかった。必ずこの三人いや、宇栄原桃加まで含めて四人を殺してやると神に誓った。後は大体お前の推理通りさ。ただ、梨杏は誰も殺していない。それどころか、俺の復讐を止めようと必死に説得していた」
想像を絶する告白に海智も一夏も呆然としていた。
「分からないことがある。何故、梨杏は石川嵐士の病室に現れたんだ?」
「中村大聖を殺した後、俺は石川嵐士を殺す計画を練った。石破が夜勤の日を狙った。大聖を殺した日も石破が夜勤だったから、俺から疑いの目を逸らすこともできるし、それが石破への復讐にもなると思った。俺は、親友だったくせに平気な顔で楽しそうに同じ病棟で働いているそいつが赦せなかった」
「平気なんかじゃないわ!」
一夏が顔色を変えて反論した。