【前回の記事を読む】看護師が語る違和感と混乱…蒼医師の不可解な行動と試験モニター導入の裏にあった密室殺人の真相とは

眠れる森の復讐鬼

海智が質問すると、芳谷はしばらく右斜め上を見てから口を開いた。

「あ、そうだ、思い出しました。午後十一時頃だったかな、その日、当直していた蒼先生から電話があったんですよ」

「何の電話です?」

「先生が主治医をしている三階病棟の患者さんが、MRSA感染症でバンコマイシンを使用していたんですけど、そのTDMが間違っていると言って、すごく怒っていたんです。

私はそんなはずはないと言ったんですけど、『信用できないからそっちへ行く』ってすごい剣幕でここに来たんです。私は絶対間違っているはずはないと思いましたが、念のため調剤室の奥のPCのソフトウェアで計算し直したんですよ。

でもやっぱり間違いないので先生にそう言ったら、『別の患者と間違えていた』って言われて、呆れてしまったのでよく覚えています」

「その作業に何分かかりました?」

「十五分くらいですかね」

「芳谷さんがPCに向かっている間に蒼はどこにいましたか?」

「ええっと、その間は私も集中していたのでよく覚えていません。計算が終わった時は私の後ろにいました」

「芳谷さん、すみません、やはり注射室の中を見せてもらえませんか。すごく大事なことなんです」

芳谷は怪訝な表情を崩さなかったが、渋々二人を注射室に案内した。警察犬のように部屋を嗅ぎ回っていた海智が棚にある紙製の箱を指差した。

「これが生理食塩液ですか?」

「そうです」

100mLの生理食塩液のボトルが二十個入る箱は、左手前側にスペースが開いており、既に二個程使用したものと思われた。

「午後十一時以降に石川嵐士以外に100mLの生理食塩液を投与した患者がいましたか?」

「ちょっと待ってくださいね」

芳谷は電子カルテを調べた。

「その時間以降は石川さんしかいなかったようですね」

「それ以外におかしなことはありませんでしたか?」

「いや、別に。ああ、ただ、蒼先生と言えば、事件とは関係ないかもしれませんが、気になることがあって」

「何ですか?」

「大学で動物実験に使うという理由で、薬剤部を通さずに、直接卸業者から薬剤を仕入れているみたいなんです。ある卸業者から聞いたんですよ。それもずっと昔からみたいなんです。

でも大学で実験なんかしているのか聞いたことないし、それに普通なら大学の研究費で支払われるはずなのに自分で支払っているって言うから、何か怪しいことに使っているんじゃないかと心配しているんですよ」

海智は一夏の方を振り返り、言った。