第一章 一年発起 〈二〇〇五年夏〉大山胖、編集主任に

さらに周辺を探ってみた。「ルビコン川を渡る」が十八番(おはこ)らしい。

「紀元前の古代ローマの国章はおれと同じ鷲だ。この鳥は正義の統治の象徴を意味する。シーザーがルビコン川を渡ってから鷲の飛翔のように素早く帝国の礎を築く。十世紀ごろにできた神聖ローマ帝国の紋章だって双頭の鷲だ」とうそぶく。

はたして本当に正義の統治者なのか。そういえば、敬愛する先輩記者がシーザーに敵対した武将の話をしていたっけ。思いは千々に乱れるばかり。

事情通の証言を総合すると、最悪シナリオは「杞憂(きゆう)」といえそうだ。天が崩れ落ちてくるという心配はない、今のところは。内野から窺えば、違った景色も見えてくるに違いない。

最後に背中を押してくれたのは、入社以来十数年にわたって訓導してくれている「暁の反省会」のベテラン記者加藤周作だった。

「もう、決めたんだろう? 顔にそう書いてあるぞ」。

思わず顔を撫でまわしてしまう。いったん決断したのなら迷わず突き進め、と発破をかける。もっとも、鷲尾への寸評は微妙なニュアンスだった。

「毀誉褒貶(きよほうへん)さまざまだ。異端児だが、切れ者だし、発想が面白い。裏で操る参謀はちょっと手ごわそうだ。彼らとの距離感、間合いの取り方が難しいかもしれん」。

参謀って誰ですかと聞くと、「辣腕の弁護士が戦略立案の指南役らしい」。どうやら、厚い壁は二重になっているようだ。翌日、師匠から「五か条の御誓文」と題する文書が届いた。