【前回記事を読む】企業買収をめぐる陰謀、医療事件、職務の失態…それでも支え合ってなんとか乗り越えた、三世代の家族が共に歩む日々――。
プロローグ 三代の観客 二〇二三年
抜けるような青空にマリアッチのリズムが響き渡る。緑と赤を基調にしたユニフォーム
を着たメキシコの応援団が陽気に踊りまくる。
ソンブレロをかぶった若者がビール瓶を片手に歌い騒ぐ。太鼓と笛が盛り立てる――。WBCの準決勝、日本対メキシコ戦は試合開始の何時間も前からお祭り騒ぎだった。
二〇二三年三月二十日(現地時間)、大山諭さとる(三六)は、父・胖ゆたか、妻の明日香と長男・悠真、長女・紗耶香、諭のロースクール同期の山本隆と、アメリカ・マイアミにあるローンデポ・パークのライトスタンドに陣取っている。
諭が鼻高々でまとった赤い応援ユニフォームは、白一色に埋まった侍ジャパンの応援席のなか、ひときわ目につく。背番号はもちろん「17」。日本が誇る投打の二刀流メジャーリーガー大谷翔平が諭のお目当てだ。
劣勢だった試合をひっくり返したのは、国内屈指の若き三冠王・村上宗隆だった。二塁打で出塁した大谷ら二走者を置き、フェンス直撃の逆転サヨナラ打を放つ。
WBC予選からの不調、長いトンネルから抜け出した瞬間を祖父と父子は外野スタンドで目の当たりにした。
「村神サマのご降臨。陰から光だな。後光がさしているようだ。聖まさしもきっと大喜びだろう」と、したり顔で言うのは胖(六五)だ。
諭の末弟の聖はテレビ局に勤め、村上とはちょっとした縁を持つ。それだけに聖は、この大会の予選から不振をかこつヤクルトの主砲を心配していた。