はじめに

この本を手にしてくださった方に厚く感謝申し上げます。

小学生のころ、小説家になるのが夢でした。六年生のとき「わが生いたちの記」という作文で、四百字詰めの原稿用紙二百枚も書いて、先生をどぎまぎさせたこともあります。

スポーツに明け暮れた学生時代。就職先を探してみると「作家」という職種はありません。人と会って話すこと、文章を書くことが好きだったので、新聞記者になりました。それから幾星霜。新聞社を退職したのを機に、小学生からの夢に挑むことにしました。

「三代の過客(かきゃく)」― 松尾芭蕉が著した「おくのほそ道」の冒頭は「月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり」です。李白(りはく)は「光陰は百代の過客なり」とうたっています。先人の名文句にあやかって、祖父、親、子が織りなす三世代の人生の道行き、生き様を描こうと思いました。

戦前と戦後の激動期を乗り越え、企業戦士として国づくりに一所懸命だった祖父の世代。

高度経済成長期に育ち、新聞記者として挫折を繰り返しながら一世一代の特ダネに挑む親の世代。失われた二十五年にどっぷり浸かりながらも、未来への希望を胸に抱く子の世代。

三代の触れ合いと伝承、成長と蹉跌、軋轢を縦糸にしました。

緯糸には世相の移り変わり、さまざまな事件や事故が待ち構えています。戦後の混乱や高度成長、石油危機、バブル経済とその崩壊、先行きが見えず逼塞感漂う低成長時代。荒波に翻弄されるこの三代の過客たちは、一陽来復を夢見て、決してくじけません。

実際の旅路をともにする祖父の同期三人組は矜持を持って啓蒙し合い切磋琢磨していきます。親と子の旅では、若い世代に気づきを与え、「後世への最大遺物」を継承しようとします。バトンリレーのように。

この三世代の行跡は、この国の縮図の断片です。伝承すべき美しい遺伝子もあれば、時世とともに変えていく、あるいは必然的に変わっていくべき資質も少なくありません。なんのために生まれ、生きているのか。より良く生きるための道しるべを見つけて、たくましく生き抜く、そんな世の中になってほしいという願いを込めたつもりです。

楽屋裏を白状します。冒頭の「最後の早慶戦」は史実ですが、甲子園での高校の早慶戦は実現していません。ただし、二〇二三年夏にこんなできごとが現実に起きました。

この本に登場する慶大付のモデルである慶応義塾高校が一〇七年ぶりに優勝したのです。物語の主な舞台に設定した二〇〇五年頃に生まれた球児が三世代前と同じ覇業を成し遂げました。

祖父世代がトップに上り詰める一瀉千里の働きぶり、親世代が挑む企業の統廃合、合併・買収、新薬の開発といったテーマは、実際のできごとを参考にしています。

本文に関係性の薄い記述は脚注にしました。ところどころ、各章の末尾に置いた文章は、ミニコラムのつもりです。本文中、斜体で、唐突にしゃしゃり出てくる天使と妖精も含めて、読みにくいかもしれませんが、あわせてお読みいただければありがたいです。

何か一つでも皆さんの気づきにつながってくれれば、ものごとを考え判断するためのヒントになってくれれば、これに勝る喜びはありません。最後までページを繰っていただければ幸いです。