其の参
[一]
その時崖下に人影が現れた。コツコツと白い杖で一歩一歩を探るようにして細い小径を登ってきた。骸骨はその人と背後の人物に挟まれる形になったが、無論後者には気がついていなかった。
一方背後の人は小径の人と骸骨を見較べてはらはらしていた。その人は骸骨の存在に全く気づいていない。何だか奇妙な緊張感に辺りは包まれた。つい今し方まで聞こえていた蝉の声もやみ、林を揺すっていた風も止まった。だが何も知らない崖下の人はコツコツと近づいてくる。十五六歳のショートヘアの少女だった。
松林の中の小径は岩角や木の根が露出して凸凹していた。少女は時々それに足を取られながら、恐る怖る歩を進めている。
骸骨はその姿を怪訝な思いて眺めていた。もしかすると急に現れたその姿に緊張していたのかも知れない。今まで何日もここにいたのについぞ人の姿なぞ見た覚えがなかったのだ。いや、まさにそのとおりだった。油断して半身白骨の姿を晒していたのだ。
白昼の松林でこんな姿を見られたら、悲鳴を上げられるに決まっている。骸骨は硬直していた。つい今し方までの暢気な思いも消え失せ、逃げも隠れも出来ずに呆然と少女を目で追っていたのである。
ふと少女は立ち止まった。そして小首を傾げると鼻先を上げるようにして辺りの様子を窺った。
「誰、お姉ちゃん? お姉ちゃんでしょう」
骸骨は身を硬くしていた。背後の人は口元を手で覆って身を震わせ、声も出せずに二人を見較べていた。
「お姉ちゃんじゃないの? でも誰かいるんでしょ」
やはり返事はなかった。首を傾げた拍子に手元から白い杖が落ちた。杖は乾いた音を立てて小径を転げ、坂の途中で止まった。