その夜のことだった。骸骨は神社脇の小屋の中で蹲っていた。早くここを去らなければ大騒ぎになるような気がしていた。そうだ、手に手に得物を持った人々に取り囲まれることになる。山狩りとやらが始まるのだ。そう思うのだが、何故か動く気になれない。

「化け物‥‥」

あの時、白い杖の少女と出会った時、もう一人の女性は口の中でそう呟いたのだ。はっきりと聞こえた訳ではないが、そのことばに打ちのめされていた。きれいな女性にそんなことを言われたら、どんなに傷つくことか。

容姿の美醜がそのまま強者と弱者を決定づけることがある。この際異形の骸骨はまさに弱者だった。あの一言でそれに気づかされたのだ。だが誰だって骨はある。普段は身体の奥深くに隠れて見えないだけだ。それなのに化け物だと言うのか。

その時外で何か笛の音のようなものが鳴り渡った。一瞬何事かと我が耳を疑った。するとフーッ、スーッと息を細く長く吹きこむような音がして、次いで美しい音色が朗々と辺りに広がったのだ。何の音色だろう、何という曲なのだろう、骸骨は思わず立ち上がった。

外は満天の星空だった。上弦の月が青々と辺りを染め上げ、遠く波の音が殷々と響いていた。楽曲はなおも続いていた。時に高く時に低く。その音色が傷ついた心に沁み渡った。今まで聴いたものといえば小学校のオルガン、子供たちのリコーダーくらいのものだった。それらとは一線を画した音色だった。何もかも忘れて心が蕩けそうだった。

もっと近くで聴いてみたくて、つい一歩踏み出した。ザリッと砂利を踏む音に曲は止まった。

「誰?」

やや厳しい語気の声に骸骨は身を硬くした。

【前回の記事を読む】もし死体ということになれば火葬にされかねない。生きたまま焼かれる…骸骨の空想は止まらない。

次回更新は1月3日(金)、11時の予定です。

 

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