依頼した侍とこの俺のことを言っているのか。なるほど、目くそ鼻くそというわけだな。やはりこの小僧、面白い。確かにこの時代、侍は兵ではなく役人に成り下がっている、と意義は思う。現代の公務員が傷害事件を起こすのと同様に、この時代も侍が刀を抜いたり人を斬ったりすれば大事件であった。
ただ、金で雇う刺客のことは噂に上っている。侍が自らの手を汚さず無宿人に斬らせることはたまにあるようだ。この少年もその類だろう。意義は立ち上がり、土間の鳥鍋を運んで枕元に置いた。
「今のうちに食っておけ」
少年は不審げに意義を見る。なぜこの侍が自分に世話を焼くのか、はかりかねているようだ。だが、今は腹が先だ。菜箸を渡され、食欲のまま汁ごと鶏肉を胃に放り込む。
「あつっ」
水筒と握り飯まで渡された。まるで、おふくろのようだ。
「食いながら聞け。おまえに金を渡した侍は、いずれおまえの口を封じに来る」
一瞬少年の箸が止まったが、すぐにそれがどうしたと言わんばかりに食事を続けた。意義は自分の腰から小刀を抜いて、少年の傍らに置いた。
「欲しかった刀だ。貸してやる。それで凌げ」
また、よくわからないことを言う。俺が口封じに殺されたって、あんたは何も困らねえだろうがよ。
「それも、武士の情けか?」
「言い訳さ。おまえがそいつを処分してくれたら、こっちも助かるわけだ。俺も人を殺すのは苦手なのでな」
少年の皮肉に応えてから、意義は廃寺を出て行った。行き先は数日前に泊った元箱根。目的は宿に届いた荷物の確認だ。荷は六尺の材木六本で、三本ずつが二段に並べられ大八車に積まれた状態で宿の離れに置かれていた。