「知らん」

わざわざ呼び止めて尋ねておきながら、突っ慳貪(けんどん)な冷たい返事だ。

「直(じか)に話したことはない。だが、噂話なら姉上から嫌というほど聞かされた。遠目に一度だけ姿を見たこともあるが、なるほど人が騒ぐだけあって目を見張るほどの美形だった。父上がお気に召すはずだ」

棘(とげ)のある言い方に、ラフィールは返答に困り俯いた。

「ギガロッシュをこじ開けるって大事な話も、俺には何の相談もなかった。あのカザルスの宝刀様と、頭の切れる端麗な従者がいては、俺の出る幕などないわ。しかも悪いことに、お前の兄は俺と同い年ときた。シルヴィア・ガブリエルが褒めそやされるたびに、自分の至らなさを論(あげつら)われた気がしておったわ!」

酔っているのだろうか。自嘲して笑うジェロームにどう接してよいのか、ラフィールも一緒にいた小姓も困り果てた。

「行け! 邪魔だ、早く行け!」

突然怒り出したジェロームの声が広間の大天井に響き渡る。やはり酔っているのか、勢いよく立ち上がった足はふらついて、すぐさま長椅子に倒れ込んだ。

二人はもうそれには構わず、机を持ち上げて大急ぎでそこを通り抜けた。次の雷が落ちる前にと、先の扉を出て回廊まで飛び出すと、そこでやっと二人は息をついた。

「えらい目に遭ったな。まさかあんな気を損ねた獅子が座っていようとは思わなかったな」

青ざめているラフィールを小姓が気遣った。普段なら安堵して一緒に笑うところだが、今の気分はそうもいかない。

「ジェローム様はちょっと気難しいところのある方なんだ。酔って愚痴られたようだし、あまり気にするな」

うん、と頷くラフィールの顔はそれでも曇ったままだった。聞いてしまった言葉の毒気が暗く心に広がっていく。

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次回更新は12月12日(木)、18時の予定です。

 

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