ジェロームだ。
まさかこんな場所に一人でいるとは思わなかったが、姿を見て急に引き返すのも変だ。別にここを通ったからと咎められることもあるまい。
当たり前の顔をしてこのまま関所(せきしょ)をやり過ごそう、二人はそう目くばせすると、自分たちの姿など目に入らぬかのように一点に目を凝らしているジェロームの前を、ごめん下さい、と身を小さくして通り過ぎようとした。
しかし、この日のジェロームは質(たち)が悪かった。
意を決して父に申し入れたことは右から左に受け流された。しかもあのバルタザールの前だったことが余計辱められたような気分だ。
くそっ……俺は、俺はいったい何だ!
部屋に閉じ込もるのでは気を揉んだ乳母が様子を見にやって来る。誰にも煩わされたくなくてこの大広間に座ってみると、一人には広すぎるこの空しさがかえって今の自分を慰めた。そこへこの邪魔者だ。
見れば、以前バルタザールが連れ歩いていたあの少年ではないか。よりによってどこまでついて回るのだ。
「お前……」
呼び止められて、ラフィールと小姓は同時にぴくんと立ち止まった。ジェロームの前を無事通過できるかと思った時だった。寝そべっていたジェロームが、むっくりと起き上がる。
「お前、弟なんだってな」
ラフィールは畏まって頷いた。
「兄を……ご存じなのですか?」