第二章 変動

「困ったものよ。あれの乳母は母が輿入れの際に連れてきた女中が産んだ娘でな、小さい頃から世が世ならと余計なことを言うて育ておった。お陰であのとおりだ。あの自尊心を早めに挫いておかねばと思い、アンリのもとに行かせたが、なかなか折れぬものだな」

カザルスはバルタザールを相手にいつもの愚痴だ。

バルタザールから見れば、ジェロームの気質には世の中の上質なもの、洗練されたものを愛し、何事においても秀麗であることをよしとするカザルスの血が存分に受け継がれていると思うのだが、カザルス自身は、拘りが多く、しち面倒臭い息子の性質を、乳母の育て方のせいだと憂(うれ)いているのがおかしかった。

さすがのカザルス様でもご自分のことはご存じないと見える。

「折ってやろうとすれば、折られてたまるかと、より強情になる気性の者もおりますよ」

さりげなく視点を変えてみてはと促してみたが、

「おう、なるほど。そういえば儂はそんな奴隷の子を知っておったわ」とカザルスが笑う。

「その奴隷の子もお陰様で相変わらずこんなに強情でございますよ」

またそんなことをとバルタザールは苦笑する。

「自尊心がジェローム様の支えであるなら、それを無下(むげ)に挫こうとなさらずに、何とか活かすやり方をお考えになられてはどうですか。アンリ様のところでは意地の悪い嫌味を聞かされて、どうも正直お辛いようですよ」

「ちやほやされるよりは、そういうことにも慣れよと思うのだが、気難しい奴じゃわ」

親のいないバルタザールには、この二人のわだかまりが不可解だ。

両者ともに思慮のある者同士で、互いに相手のためを思ってのことなのに、なぜこうも噛み合わなくなるのだろうかと思う。所詮は親子喧嘩、首を突っ込むのも厄介だと引き下がった。