ちょうどその時、レミ・ダンテルが部屋に入ってきた。よく心得たレミは、お口に合いませんでしたかと言うと、隣の間に控えていた小姓に命じて残りの葡萄酒を片付けさせ、あとは素知らぬ顔をしている。
「ヴァネッサの職人について、ノエヴァの奧方から何か収穫はございませんでしたか? 放逐(ほうちく)されているとはいえ、あの方ならばアンブロワ経由で何か耳寄りな情報でもお持ちではないかと……」
「アンブロワのシャルルとは親子というても、今では犬猿の仲であろう。シャルルもわきまえておるから大事な話は何も聞かせておらん」
主人の言葉にレミも、左様でございましたかと苦笑いを浮かべた。
「おお、だが一つだけよいことを耳にした。ヴァネッサを解放した立役者の、あれは何と言うたか、女のような名前の……」
三年前に聞いた名前は記憶に曖昧だ。
「シルヴィア・ガブリエル。ギガロッシュに入ったユリア様が生んだ子でございますね」
「おう、それだ。その者には弟がおったそうで、それが先頃オージェから戻ってきてプレノワールの城内におるそうだ。ヴァネッサの民の中ではただ一人カザルスの血縁にあたる者だから、カザルスも大事にして手許に置いておるそうだ。あの女、そういうことだけは何でもよう知っておるわ。よい情報を得た。お前も覚えておけ、ラフィールという少年だそうだ」
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次回更新は12月11日(水)、18時の予定です。
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