アンリは盃を睨んで浮かぬ顔をしていた。つい先ほど、ノエヴァから珍しくイヨロンドがやって来て、ゴルティエの葬儀の折に無理を言ってジェロームにノエヴァまで送らせた詫びと、新年のご挨拶代わりにと、取っておきだという葡萄酒を置いていった。

ノエヴァはこの国きっての良質な葡萄の産地で、そこで作られる葡萄酒は諸侯らの間で高値で取引されている。本来ならば絶品が届いたと小躍りしてもよさそうなところだが、持参したのがあの女となれば素直に喜べないものがある。

表向きの用件などこじつけで、今後コルドレイユを巡ってカザルスとどのような関係になっていくのか、こちらの腹を探りにきたに違いない。

世間話にかこつけてカザルス親子のことを話していったが、親子の間を心配する顔で、何のことはない、その溝に手を入れて割り裂いてしまおうという悪意が見え隠れしていた。

加担するよう遠回しに持ちかけてきたのだろうが、たかが女の怨恨(えんこん)に何で付き合わされねばならぬかと不愉快で、はぐらかしたままやり過ごしておいた。

だが、持参した葡萄酒がここ近年で穫れたうち、どれだけ良質なものかを講釈したあとで、

「この間、ゴルティエ様にも同じものをお届けしましたが、味わっていただけましたものやら……。まさかあんなに急にお亡くなりになりますとはなあ」と気になることを言って帰った。

余計なことを! あの女が言えば冗談にもならぬ。夫を毒殺したと、黒い噂が立ったような女だ。まさかという思いが頭に浮かぶ。

アンリは盃を鼻に持っていき匂いを嗅いだ。別に異変はなさそうだ。だが、たった今のこの行為もあの女にはお見通しで、どこかで小馬鹿にして笑っているかと思うと無性に腹が立った。

アンリは盃を持って立ち上がると窓辺まで行き、外に向かって杯の中身を投げ捨てた。