第二幕  やさしい魔王復活 

結迦(ゆいか)は、おひとりさまを満喫中のアラフォー女子。一年中日焼けした顔を、勲章の如く受け入れ、海をこよなく愛し、海の生き物との出会いにシアワセを感じるダイバーである。

その楽しさを知ってもらえたらとの想いから、ダイビングショップで、女性客をメインに担当していた。年に数回、調査を目的とした水中カメラマンとしての仕事を、引き受けることもあったりする。好奇心旺盛な結迦にとって、その依頼を受けることは、毎回胸が躍るほど楽しみとなっていたようだ。

結迦は日本の歴史に特段、興味を持っていたわけではなかった。結迦の祖父が歴史好きだったようで、実家には、古い書物やら歴史全集やら、たくさんの古文書もあった記憶がある。

祖父は、自分の長女には家康公の「康」を、長男には信長公の「信」という字を名前に入れたのである。それくらいに結迦の祖父は、戦国時代の武将に、思い入れがあったということだろうか。

その長男が、結迦の父となったのだが、そのことを知ったのは、結迦がかなり大きくなってからだった。結迦自身、真面目すぎる父に、子どもの頃は近寄りがたさを感じていたのだが、大人になってからは、誰よりも尊敬するようになっていた。父親として、また、人としての器というか、圧倒的な人間力があることを知ったからだった。

結迦に戦国時代の遠い記憶でもあったのか、戦国武将という言葉に強く惹かれていた。いつの頃からか、信長公がいた場所を訪れてみたいと思うようになっていた。

ある夏の日、定期的に届く旅行パンフレットを結迦は見ていたのだが、あるページに目が留まった。前から気になっていた安土城址を含む冬のバスツアーの案内だった。一泊二日の旅ではあるが、初日の集合時間に間に合うためには、前泊が必要な場所であることに気づく。それでも、結迦の心は決まっていた。