【前回の記事を読む】戦国武将「浅井長政」に嫁いだ戦国一の美女といわれた信長公の妹「お市」

第二幕  やさしい魔王復活 

レースのカーテン越しに、夜明け前の空が白みだした頃、結迦の耳はなにやら捉えた。横向きで丸まって寝ていたのだが、頭の斜め後ろあたりで、鼻で息を吸うような音が聞こえたのである。

また布団の中で、自分でも数回真似して息を吸ってみるが、明らかに先ほどのものとは異なっていた。

「私の呼吸じゃない。ってことは……信長さまなの?」そう思った結迦は、部屋の空気が冷えていたのを感じたので、「朝は冷えるので、エアコンのスイッチでも入れましょうか」結迦がそう言いながら、リモコンに手を伸ばそうとしたとき、

「そうだな」

まさに返事をしたかのようなタイミングで、セットした目覚ましが鳴り響いたのである。このときの結迦の驚きようは、なかなかのものだった。

「え____。なんなの、このタイミング。怖いんですけど……」

朝方まできっと、後ろから抱きすくめられていたと思うのが、成り行き上妥当かと思わざるを得ない。さすが信長公、大胆すぎというか、なんというか……。

「俺を呼び出したのは、そなただろう。寒そうにしているそなたを見たら、温めたくなっただけだ。なにも怖がることはあるまい」

朝食の時間ぎりぎりまで、結迦は名残を惜しむかのように、布団から出ようとはしなかった。

「本当に、信長さまが来てくれたってことなのかな。これは、信じてもいいことなのかな」結迦の頭の中は、果てしなくリピートされていた。

この日も、お天気は快晴で行楽日和となり、ツアー参加者は皆元気にバスに乗り込んだ。向かうは小谷城跡。まあ、ガチで山登りといってよかった。その昔、この道を馬で駆け上がっていたということ? 本丸跡、中丸跡、馬洗池などから、たしかにお城があったのだろうと想像はつく。

猛者(もさ)の集団としか思えない、結迦の想像の域をはるかに超えた史実があったに違いない。浅井一族の想いは、昇華されているのだろうか。

地面に落ちている赤っぽい石を見てしまったら、この山で地に流された血が、今も地面下に残っているのではないか。そう思うと、ちょっと異質な気分になるのを結迦は感じるのだった。