第一幕 信長公、語る
こ奴は布団を頭まですっぽりとかぶって、丸まって寝ておったのじゃ。俺は、抱きしめ、瞼(まぶた)に息を吹きかけてやった。驚いておったのう。
しかし、抱きしめた瞬間、わしは女子(おなご)の記憶を思い出したのじゃ。こ奴の魂は、かつて唯一、心から愛した姫と同じではなかろうかと。こ奴は姿が見えないと申したが、別の能力を持っておった。わしの平家の過去を見破ったのだ。なかなかに鋭いと思うたぞ。
次の夜もまたこ奴は、同じように懇願してきた。退ける理由がなかったわしは、姫を思い描いて、こ奴を後ろから包み込むように温めてやったのだ。
夜が明け始めた頃、どういうわけか、俺は深く息を吸い込んでいた。それを、こ奴は察知したわけだ。不思議なものじゃな。照れていたのか、恥じらいを隠しながらも、こ奴はうれしそうにしばし大人しくしていたな。
そなたはまさしく、あのときの姫じゃ。わかっておるのか? わしのこの腕に姫をまた抱けるとは、なんという喜ばしいことであろう。
わしはいったい、なんのためにこの世に生まれてきたのであろうか。暗闇の世界から令和の時代へと参ったわしは、あらためて思う。日ノ本の平和と便利なものにあふれたこの時代を見るにつけ、今もおぞましい事件が存在しておるようだが、人の業は巡るものなのだろうか。
今のこのわしに、なにかできることはないのだろうか。こ奴はなぜ、わしを呼び出したのだ? 女子(おなご)の喜ぶ顔を見るのは、実に気分のいいものだがのう。
万能寺から家臣と共に姿を隠すようになり、わしらは、庶民以下の生活を余儀なくされた。着るものも、食べるものもすべて。住まう屋敷さえも失ったからのう。
家臣にはまこと、申し訳ないことをしたと思っておる。許されたいとは思わぬ。むしろ、恨んでくれても構わん。わしは、家臣たちの悔しさ、怒り、すべて受け止める覚悟を持ってきた。どうか、成仏して祟り神とならんことを願うばかりだ。