この日、見舞いに来たのは、三つ年下の弟、直人だった。仕事中に立ち寄ったらしく、背広を着ていた。
久しぶりに近況を話しこむ。直人は最近結婚コンサルティングの会社を立ち上げたのだが、仕事が楽しくて仕方ないせいか全身に充実感がみなぎっている。欲しいものがあればなんでも用意するよ、病室に銀座のホステスを連れてこようか、などと羽振りがいい。
話の終わりには、珍しくまじめな顔をして、「死ななくてほんとうによかったよ」と目を赤らめた。
「すまんな。わざわざ来てもらって」
「送らなくていいよ。こっちも能天気に借金生活をエンジョイしているから、お互い気楽に行こうよ」
四階のエレベーター前まで直人を見送ると、その足でトイレに寄った。トイレの窓から外を見た。たった今見送った直人が川沿いの通りを歩いていくのが見えた。これからまた商談なのだろう。弟は足早に橋を渡り、視界から消えた。
いいなあ、外を歩けて。ショボショボと用を足しながら、そう思った。外の世界には自由がある。これまでそんなことは考えたこともなかった。ずっと病棟の中で生活していてプライバシーがないようなものだから、なおさら解放されたくて仕方がなかった。
直人が消えていった橋を渡った所にコンビニの看板が見えた。ここからざっと七十メートルくらいか。
行ってみようか。べつに欲しいものがあるわけではない。たいていの物は中の売店で手に入るし、見舞いのさし入れで間に合っている。ただ、自分の足でコンビニへ行き、外の世界と繋(つな)がりたかった。
「よし」
思い立ったが吉日だ。
【前回の記事を読む】入院生活は窮屈で退屈。「まあ、慰謝料よりも、とりあえず今は、この退屈を埋めてくれるアイテムが欲しいよ」