港口整形外科
僕はトイレを出ると、エレベーターで一階へ下りた。守衛室の前を横切り、裏口を出ると、歩行器を駐車場の陰に隠し、ピョンピョンと片足でコンビニへ向かった。
ちょっとだけならバレない。論理的な考えを放棄して、自分の本能に従うことにした。
病院の敷地を出て、川沿いの小さな通りを進んだ。左足が三分の一の荷重であっても、右足だけで歩けば問題はない。看護師が見たら、なんと言うだろう。見つかったら、そのときはそのときだ。川縁をピョンピョンと跳ねながら、大胆に歩を進める。途中、強い向かい風が吹いてきた。骨折した左肘がまだ十分に伸びないので、右腕でうまくバランスを取りながら前へ進んだ。
♪盗んだバイクで走りだす~
心が弾む。
橋までたどりつくと、息を弾ませて前方を眺めた。なるほど、橋を渡った斜向かいにコンビニがある。
まっ白な院内とは異なり、店内は多様な色彩を放っていた。
三か月ぶりのシャバだ。だけど、僕がいた世界って、こんなだったっけ? 今まで身近にあった何気ないものに隔たりを感じる。なんだか自分のまわりだけが薄い膜で覆われているようだ。
サプリメントは食品コーナーの一角にあった。DHA、マルチミネラル、αリポ酸、コラーゲン……品数はそれなりに揃(そろ)っている。
結局、たこ焼きスナック・タコちっちの甘辛ソース味と豆乳、ビタミンBコンプレックスのサプリメントを購入した。
平日の昼間、パジャマで街をうろつく光景はさぞや異様だろうと思いながら、僕は来た道をまたピョンピョンと戻っていった。病院の敷地に入り、あとすこしで歩行器にたどりつくという所で、裏口にショートカットの白衣の女性が立っていた。こちらを見ている。休憩中らしく、携帯で誰かと話していた。彼女は電話を切ると、何も言わずに歩行器をさしだした。
「あらら、見つかっちゃいました?」
「見ていないようで、結構みんな見てますからね」
「強制退院ですか」
看護師はくすっと笑った。
「大目に見ましょう。いずれにしろ、来見谷さんも明後日で転院だし」