「いったい……」
「早く!」
わけを聞こうとしたエゴルを、苛立ったキーラがせき立てたので、彼は渋々バスをおりた。
食料品店の前に黄色いスポーツカーが止まっているのを、車好きのエゴルが気にしないわけがない。さっきから見にいきたくてうずうずしていたのだが、あんなのに乗ってるのは成りあがりのこれ見よがしな大金持ちか、そうでなければ相当厄介な筋に決まってる。
―あとの方だな。
用心深いエゴルはバスを点検するふりをしながら、店に入った工場帰りの連中の反応をうかがっていたのだ。
―きっとあれのせいだな。
エゴルが目をやったとき、背の高い男が店から出てきて車に乗り込んだ。腹を震わすようなエンジン音がエゴルのところにまで響いてくる。
しびれる音だ。警戒心はたちまち興奮に変わり、エゴルは首を伸ばして眺めた。すると動き出した車は鐘塔をぐるりと回って方向を変え、バスの横にぴたりとついて止まった。パワーウインドウが静かに開いて、中からサングラスの男が得々とした顔でエゴルに笑いかけた。
「おい、おにいさんよ。それ、あんたのバスかい? いかした色だな」
たしかに、派手さという点ではオレンジ色とクリーム色に塗り分けられたバスは男の車に負けていない。エゴルが車に見とれていたことに男は満足しているようで、意外に感触がいい。キーラの怯え方からすればいったいどれほど怖い相手なのかと内心は縮みあがっていたのだが、気さくな態度にほっとしてエゴルも言葉を返した。
「すごい車だね。はじめて見たよ」
「交換してみるかい? そいつと」男はバスを顎で指して笑った。
「そうしたいところだけど、このオンボロがなくなったら明日から飯の食いあげなんでね」
我ながらうまく切り返しているとエゴルは思った。冗談にはちがいなかったが、男がバスにあがりこみでもしたら大変だ。相手が機嫌よく笑ったのでエゴルも胸を撫でおろした。