「ほう、息子ね」
「いや、子どもは本当にいないんですよ。捨て子の面倒を見て一緒に暮らしてはいたけど、赤の他人ですよ」
妙にほじくられる先にと店主は訂正したが、男は今度はその捨て子に会えないかと言い出した。
「あの子に何かおたずねになろうったって、それは無理ですよ。だってあの子は言葉が遅れているんですよ。ニコがいなくなったこともどこまで理解しているんだか……」
店主はこの男が会っても無駄だと思ってくれるように、カーシャの様子をあえて悪く紹介した。
男はちぇっと舌を打つと、
「それにしても、しけた村だなあ」
とカウンターに手をついて体をくるりと巡らし、そこからまた通りを見遣(みや)った。
ちょうど、エゴルのバスから青い作業服がぞろぞろとおりるところだった。彼らは店の前に止まる見慣れぬ車に吸い寄せられるように近づいて、誰の車かとガラス越しに店の中を覗いていく。帰宅途中に買い物をする者は中に入りじろじろとよそ者の様子を探った。
相手はちょっと怖そうだが、ここは自分たちの陣地であり、何より数ではこちらが勝っている。同じ色の服を着ているのも心強かった。
男は、参ったなという顔で顎をさすっていたが、それでもしたたかだ。形勢が悪いと見てとると、あえて馴れ馴れしい態度で話しかけた。
「なあ、誰かニコとつながってる人がいたら教えてくれよ。もう、ずっと連絡が取れなくて弱っちまってるんだ」
店内にいた人たちは、急に関わりのない顔をして目を逸らし、買い物をはじめた。
「さっきから言ってますようにね、それがわかればこっちが知りたいくらいなんですよ。ここの誰だってね」
【前回の記事を読む】「もっと早く捨ててくれればよかったのに…」20年間、夫は義務感でこの家に留まった。それでも私は、あの結婚に期待していた。
次回更新は11月14日(木)、21時の予定です。