「望みがなかったのなら、もっと早く捨ててくれればよかったのに。私だってね……」

自尊心を捨てれば、もろい心が剝き出しになる。アニタは自分自身に語るうち、押し殺してきた思いが不意にこみあげて声をつまらせた。思いもよらず目からこぼれ落ちたものを、彼女は指先でぬぐった。

するとその様子を見て、どうしたのかと不思議な面持ちでカーシャが顔をあげ二歩三歩と近づいた。アニタは反射的に身を反らしたが、カーシャは無遠慮なほどに顔を寄せる。菫色の瞳がいたわるようにアニタを見つめ、そっと伸ばした手が彼女の頬に触れた。

―そうかい、お前だってわかってくれるのかい。

アニタがカーシャの頭を抱き寄せようとしたとき、カーシャは言った。

「おばあちゃん、猫ちゃんはどこへいったの」

―猫!

声をあげて笑った。四十年、いや五十年ぶりくらいだ。ほんの一瞬でも、妙な期待をかけてしまった自分のあほらしさを大笑いした。なんだ、そういうことか……我に返ればもっともなことだ。

この子に男と女の情念などわかるはずもないじゃないか。馬鹿馬鹿しくて「はん!」と鼻から息を抜いたとたん、腹のうちにずっと溜めこんできたものが半分ほど吐き出されたような気がした。

「おかしな子だね、お前は」

いつだったか、戻らない夫を待つ胸のうちを遠くの街の神父さまに訴えたことがあった。神父さまは、つらく悲しいことにもちゃんと意味があるのだと諭されたが、アニタは反発を覚えた。