口に運ぼうとしていたカップがふっと止まった。
「いや、失礼。ぶしつけだったね」
ニコは機嫌を損ねたかと、あわてて謝った。すると彼女はそんなことはないと緩やかに微笑んだ。
「花屋よ」
「花! そりゃ君から買うよりも、君に贈りたいって思う人の方が多いだろうね」
それほど不釣り合いではないが、彼女の感じから高級なブランド品を扱う店か、さもなくば画廊(がろう)にでも勤めているのだろうと思っていた。
「あなたって不器用そうに見えて、ときどき口が上手だわ」彼女の瞳は、口以上にうまくものを言っている。
「あの男……彼も同じ店の人なのかい」
「ジョジョのこと? あんなのが花を売っていたら笑っちゃうわね」そのとおり。ニコもそれがしっくりこなくてたずねたのだ。
「彼はあたしたちを送り迎えする人よ」
彼女はカップをテーブルに置くと、椅子(いす)を少しずらしてこちらに向き直った。
「うちの店には特別なお得意さんがいて、花の注文があるとあたしたちが届けにいくのよ。どういうことかわかる?」
彼女は探るようにニコの目を覗きこんだ。ニコがたまらず視線を逃がしても、彼女は瞳の深いところからじっと彼の表情を見つめ続けた。
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次回更新は11月6日(水)、21時の予定です。