口に運ぼうとしていたカップがふっと止まった。

「いや、失礼。ぶしつけだったね」

ニコは機嫌を損ねたかと、あわてて謝った。すると彼女はそんなことはないと緩やかに微笑んだ。

「花屋よ」

「花! そりゃ君から買うよりも、君に贈りたいって思う人の方が多いだろうね」

それほど不釣り合いではないが、彼女の感じから高級なブランド品を扱う店か、さもなくば画廊(がろう)にでも勤めているのだろうと思っていた。

「あなたって不器用そうに見えて、ときどき口が上手だわ」彼女の瞳は、口以上にうまくものを言っている。

「あの男……彼も同じ店の人なのかい」

「ジョジョのこと? あんなのが花を売っていたら笑っちゃうわね」そのとおり。ニコもそれがしっくりこなくてたずねたのだ。

「彼はあたしたちを送り迎えする人よ」

彼女はカップをテーブルに置くと、椅子(いす)を少しずらしてこちらに向き直った。

「うちの店には特別なお得意さんがいて、花の注文があるとあたしたちが届けにいくのよ。どういうことかわかる?」

彼女は探るようにニコの目を覗きこんだ。ニコがたまらず視線を逃がしても、彼女は瞳の深いところからじっと彼の表情を見つめ続けた。

【前回の記事を読む】「あんた、カーシャを知っているのかい」―捨て子だった養子の母親を探しに街に出ると、突然、「カーシャ!」と女の声がして…

次回更新は11月6日(水)、21時の予定です。

 

【イチオシ記事】父の通夜に現れなかった妻。自宅階段の手すりに白い紐が結ばれていて…

【注目記事】もしかして妻が不倫?妻の車にGPSを仕掛けたところ、家から20キロも離れた町で、発信機が止まった!