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「お父ちゃん!」
ユーリに連れられて鐘塔に戻ったカーシャは、食料品店の駐車場でスクーターをおりた男に呼びかけた。ずんぐりとした体格、白髪まじりのひげに埋もれた顔は声に応じてふりかえったが、服を泥だらけにしたカーシャの姿を見てあんぐりと口を開けた。
「川へはいくなって言ったのに、またはまったのか」
口ぶりはぶっきらぼうだが、垂れさがった眉毛(まゆげ)と二つの目は怒ってはいない。
「頭から泥をぶっかけられたから川の水で洗ったんですよ」
ユーリが代わりに答えると、男は同じように泥だらけの彼に向かって済まなさそうに首をすくめてみせた。
カーシャがお父ちゃんと呼んだのは、彼を引き取り面倒を見てきた鐘つきの男だ。もっとも今では鐘塔に時を知らせる鐘もなく、食料品店で働くただの店員で、名前をニコという。
もとより鐘つきをして食べていたわけでもなく、むしろこちらが生業だ。朝の八時に鐘をついてから出勤し、正午と午後五時の鐘は店を抜け出して打ちにいく。だから店には彼専用の、時間を五分進ませた時計が置いてあった。その時計がジリリンと鳴れば、彼は何をしていても、客をほったらかしてでも鐘塔へ飛んでいく。雇い主も客も、誰もがそれを心得ていた。
「さあ、家に帰ってシャワーを浴びろ」
ニコはユーリに礼を言うと、カーシャを家に連れ帰った。