フルールが、ゆったりとした優雅な足取りで、庭をくるりと歩きます。すると、庭のあちらこちらに積もっていた雪がゆっくりと溶け、淡い緑色の新芽が、そっと顔をのぞかせました。

きんと冷たく張りつめていた空気がゆるみ、ほんのりと甘い春の匂いが混じります。まどろむように弱々しかった陽の光も、今は生き生きと輝いているようにすら感じられました。

「まあまあ……! 何度見てもすてきな光景だわ」

「もうすぐ、お花も咲き始めますよ」

「楽しみね。暖かくなったら、また一緒にお茶会をしましょうか。そのときは、特製のジャムクッキーを作って待ってるわ」

「はい、ぜひ。楽しみにしています」

リリーは、フルールと共に村の家々をひとつひとつ回って、春を呼んでいきます。パン屋のおじさんの家、本屋のおばさんの家、仲のよい農家の家族が住むこぢんまりとした家。どの家の人たちも、「春を呼ぶ少女」がやって来るのを楽しみに待ってくれています。

そして、リリーは、ひとつの家に春を呼びに行くたびに、そこに住んでいる人たちに挨拶をし、他愛ないおしゃべりをしてから、次の家へ、また次の家へと向かいました。

「リリーちゃん、久しぶりだね」

「あら、こうして見ると一年前より背が伸びたんじゃない? もう、すっかりおねえさんね」

「暖かくなったら新作のパンを出すんだ。今度、試食においでよ」

「フルールも元気かい? ニンジンをやろうか?」

「お馬さんだ! お仕事、頑張ってね!」

リリーは、時折フルールから降りて休憩をしながら、一日がかりで村中を巡っていきます。カノンの仕立屋に着いたのは、ちょうどお昼を済ませたあとでした。