春を呼ぶ少女

「あ、ローズマリーが元気に育ってる」

カノンたちの家の庭は、いつもきれいに手入れされています。花壇では、冬の間も元気に育つローズマリーが、青々と葉を伸ばしていました。ローズマリーは、料理の香りづけやハーブティーに使うのはもちろん、掃除にも役立てられる便利なハーブです。冬の間も、村の人たちの暮らしは絶えず続いているのでした。

庭をくるりと一周し終えると、先ほどまでの冷たい空気が、ふわりとゆるんだような気がしました。冴えた空気に、春の匂いがほのかに混じっています。

「『春を呼ぶ少女』の衣装を着ているリリーちゃんは、本当に魔法使いみたいね。いつにもまして美人さん」

カノンは、おどけるように笑いながら、フルールから降りたリリーの頬を、人差し指でつんと突つきました。

「まだ他のおうちもあるんだものね、つい引き止めちゃってごめんなさい」

「いえ。やっぱり、カノンさんと話すと安心します。今度は、私のおうちにも遊びに来てくださいね」

「ええ、もちろん」

まだ仕事が立て込んでいるというカノンが家の中に戻っていくのを見届けると、再びフルールにまたがります。その首を返そうとしたとき、不意に、カイがリリーの名前を呼びました。

それに気づいて、フルールが踏み出そうとしていた足を止めます。

「どうかしたの?」

するとカイは、小さな紙包みをぽんと投げてよこしました。あわてて、馬上からそれを受け取ります。

「あの、これ……?」

「練習で作った。たまたま上手(うま)くできたから、あげる」

そう言うやいなや、カイは家の裏口のほうへ足早に去っていきました。

「何かしら……」

紙包みを光にかざしながらつぶやきます。

開けてみると、それは刺繍のブローチでした。淡いピンク色の花が、見事に立体的に刺繍されています。