「ふふっ、これを渡すために来てたのかしら。ちょっと緊張してたのかもね。そう思わない? フルール」
フルールが、小さく鼻を鳴らして同意を示します。
「お礼を言いそびれちゃった。今度、お菓子でも作って持っていかないとね」
心がほんのり温かくなったのを感じながら、リリーはまた、春を呼ぶために歩き出しました。
全ての家に春を呼び終えた頃には、太陽はすっかりオレンジ色に染まり、夕方になっていました。
「あとは、森に春を呼んで終わりね」
フルールが、森のほうへ足を向けたときでした。森の入り口に、ちらりと小さな人影が見えました。
「誰かしら、こんな時間に」
もうおひさまは西の空に落ち始めています。リリーはフルールから降りると、足音を忍ばせて人影に近づきました。
「あれは……」
そこにいたのは、小さな女の子でした。茂みのかげで、ひざを抱えてうずくまっています。
「こんばんは」
リリーが声をかけると、その子はびくりと肩をふるわせました。大きな黒い瞳が、涙でうるんでいます。
「どうしたの?」
女の子は、小さくしゃくり上げながら言いました。
「落としちゃったの、手袋……」
その子は、手元に残っている片方だけの赤い手袋を見せてくれました。
「右手の手袋、黄色いお花の刺繍が好きだったのに……」
リリーは、フルールと顔を見合わせます。
「お母さんが編んでくれたのに……失くしちゃった」
「どこで落としちゃったか、思いつく?」
背中をさすりながら聞くと、その子はぽつりと言います。
「森の傍で雪遊びをしてて、そのときに……」
リリーが森の中に目をやったとき、フルールがやさしい声で鳴きました。
「フルール?」
リリーには、彼女の言いたいことが分かりました。そして、何をしようと考えているのか、ということも。
「うん」としっかりとうなずくと、リリーは女の子に言います。