【前回の記事を読む】女の子の赤い手袋を森の入り口から持ってきてしまった小鳥。でもその小鳥が手袋をもってきたのにはある理由があり…

春を呼ぶ少女

「お母さん、このおねえさんがね、さっき話した、お馬さんに乗った魔法使いさん!」

「まあ」

「あの、えっと……正しくは魔法使いではなくて。私自身には何の力もないんですけど……この村に、春を呼ぶ仕事をしています」

「あら、それじゃあ、あなたが『春を呼ぶ少女』の……?」

「はい、リリーと申します。こちらのおうちにも、春を呼びに参りました」

庭先につないでいたフルールが、自分の存在を主張するようにひと声鳴きます。

「あっちは、愛馬のフルールです」

リリーは、春を呼ぶことについて説明をします。すると、母親は「なるほど、そうなのね」と言って笑いました。

「話には聞いていたけれど……こんなにかわいらしい方だなんて、思ってもいなかったわ。どうぞよろしくお願いしますね」

「お任せください」

リリーがまたがると、フルールはその家の庭をくるりと一周歩きました。一歩一歩、優雅に、リズミカルに、ひっそりと隠れている春に、呼びかけるように。フルールの足取りは、いつでもやわらかく軽やかです。

すると、花壇で今か今かと春を待っていた小さなつぼみが、ふわりとほころんで赤や黄色の花を咲かせました。うっすらと積もっていた雪はさらさらと溶け、冷え切っていた空気はおだやかにゆるんでいきます。

「すごい、すごい! とってもきれい!」

「ええ。本当に、魔法みたいね」

「はい。私も、春を呼ぶたびに、そう思います。でも……次の冬まで、また用済みになるんですけど」

リリーは、思わず吐き出してしまった心のうちに気づき、「あっ」と口元を押さえました。フルールとリリーは、「春を呼ぶ」ために必要な存在です。しかし、それ以外の季節には特にすることもなく、誰かに「春を呼ぶ仕事」が必要とされることはないのです。

明日からはまた、簡単なアクセサリーや小物を作って村の市で売り、細々と暮らす、ごく普通の少女に戻るのでした。

フルールや村の人たちと過ごす毎日は、リリーの大切な宝物です。でも、リリーは時折、思うのでした。「春を呼ぶ少女」の名前を与えられた自分は、それ以外の季節には、誰の役に立つこともできないのだ、と。

そう考えるたびに、リリーは心の奥にぽっかりと穴が空いたような気持ちになるのでした。