「私は、いつも村のみんなに助けてもらうばかりで……」

「あら、そんなことはないでしょう?」

メルの母親が、にっこりと笑って言います。リリーは、その言葉にうつむきかけていた顔を上げました。

「私が聞いた『春を呼ぶ少女』のお話ではね、その女の子にはふたつの素晴らしい力があるそうよ。ひとつめは、長い冬を溶かして、村中を春に染め変えてくれる力」

リリーは、「はい」と静かにうなずきます。

「そして、ふたつめは、心が冬になりそうなくらい冷え切ってしまったとき、心の中に張った氷を、ゆっくり溶かしてくれる力。その子はいつも、暖かい季節も寒い季節も、村の人たちに心を配って、おひさまみたいな笑顔を向けてくれる。だから、村にも、村の人たちの心にも『春を呼ぶ少女』だそうよ」

リリーは、驚いて目を見張りました。薬屋のおばあさんに、パン屋のおじさん、農家の夫婦や子どもたち。仕立屋のカノンや、カイ。それから、村でいつも声をかけてくれる、たくさんの人たち。

彼らは、リリーが「春を呼ぶ少女」として春を運んでくれるから、親切にしてくれるわけではないのです。リリーがリリーだから、親切にしてくれるのです。

リリーは、そんな当たり前のことに、はっと気がつきました。

「これからも頑張ってね。メルの遊び相手もしてくださると、とても嬉しいわ。おいしいお菓子を用意して待っているから」

「はい……! ありがとうございます。また、遊びに来ますね」

「おねえさん、またね!」

リリーは、メルとその母親に挨拶を済ませるとフルールにまたがり、帰り道を駆け出しました。空には、たくさんの星々が輝いています。リリーの心には、そんな星の輝きよりもまぶしい、温かな光が灯っていました。

「春を呼ぶ少女……すてきな響きね。ねえ、フルール?」

フルールが、やわらかな声で鳴きます。その声は、オレンジ色の灯りが家々に灯った村に、どこまでもやさしく広がっていきました。
 

 

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