【前回の記事を読む】春を運ぶだけじゃない――落ち込んでいたリリーにメルの母親が伝えた"もう一つの力" とは?…
はじまりの物語
「まだ春にならないのかしら……?」
ひとりの少女が、どんよりと曇った空を見てつぶやきました。ため息は、すぐにふわりと白色に変わっていきます。
三つとなりの村に住んでいる友達からは、手紙と共に、春の花で作った押し花が送られてきました。それなのに、彼女が住む村には、まだ春はやって来ません。
「リリア。父さんたちは、パン屋のおばあさんのところに往診に行ってくるよ」
「うん、いってらっしゃい」
彼女の名前は、リリアといいます。父親はこの村で唯一の医者で、母親はその助手をしています。
「パン屋のおばあさん、まだ悪いの?」
「こんなに寒い日が続くとね。仕方がないよ」
この村の冬が長いのは、村のすぐそばにある森のせいでした。
その森には、冬を呼ぶオオカミが住んでいるのです。「冬の神様」と呼ばれているそのオオカミの住処が近いせいで、この村は、どこよりも早く冬になり、どこよりも長く寒い季節が続きます。
冬の間は、草木もひっそりと息をひそめ、村の人たちもほとんど家から出ません。村は、まるで深く眠り続けているかのように静かでした。
「私からも『お大事に』って伝えておいて」
「ええ。それじゃあ、リリア、行ってくるわね。夕飯までには戻るわ」
「はーい」
パン屋のおばあさんは、村のはずれに住んでいます。おばあさんの家族はとなりの村に住んでいるので、リリアの母親を始め、村の人たちが家事を手伝っているのです。
両親を見送ると、リリアは、沈んだ気持ちを振り払うように冷たい空気を思いきり吸い込みます。すると、ほんの少しだけ気持ちがすっきりしました。
「悩んでいても仕方ないわね。できることをしなくっちゃ」
リリアは、わざと明るい声音で言うと、マフラーをしっかりと巻き直して庭を出ました。手紙をくれた三つとなりの村の友達に返事を出すため、郵便屋へ向かうのです。
リリアが出かけることに気づいたのか、馬小屋から、愛馬の鳴き声がしました。リリアは、少し大きな声で彼女に呼びかけます。
「すぐに戻ってくるから、いい子で待っていてね。明日は、一緒にお散歩に行きましょう」
リリアは、手紙を片手に郵便屋へ向かいます。道には、ゆうべ降った雪がうっすらと積もっており、まだ春が来ないことを静かに告げていました。
「ごめんくださーい」
郵便屋に着くと、リリアはドアをノックしながら呼びかけました。
いつもなら気のいいおじさんが出てきてくれるのですが、今日は返事がありません。配達に出ていて留守のようです。
「切手を買い足そうと思っていたんだけど……仕方ないわね」