ドアの横に設置されている赤いポストに手紙を入れると、リリアは、誰もいない郵便屋に「よろしくお願いします」と言います。そのとき、どこからか、石畳を軽やかに歩く馬のひづめの音が聞こえてきました。少しずつこちらに近づいているようです。
「誰かしら……?」
通りに出ると、ちょうど、ひとりの女性が黒い馬をひいてこちらに歩いてくるところでした。
「わあっ……」
リリアは、思わず小さな声をもらしてしまいます。その馬も、馬をひく女性も、まるでおとぎ話の中から抜け出してきたかのように美しかったのです。
馬はつややかな黒い毛並みをしており、歩くたび、たてがみが優雅に揺れます。
そして、馬を連れた女性は、長い黒髪をゆったりと編んで背中にたらし、黒いコートを身にまとっていました。襟元には、銀色の毛皮の襟巻きを着けています。
「こんにちは。少しお聞きしてもいいかしら?」
「は、はい」
リリアは、女性の美しさに思わず声を上ずらせてしまいます。
彼女の澄んだ青い瞳には、知的な輝きが宿っていました。吸い込まれてしまいそうなその瞳から、リリアは目が離せなくなってしまいます。
「この村に、レイという絵描きがいると聞いたのだけれど……どの辺りに住んでいるかご存じ?」
「あ、はい。えっと……」
リリアは、思わず考え込みました。レイとは、この村にアトリエを構えて絵を描いている女性のことです。物知りで話し上手な彼女は、村の人みんなに慕われています。また、わざわざ彼女の絵を求めて村にやって来る人もいるほど評判の高い画家です。
しかし、彼女のアトリエは路地の奥にひっそりとたたずんでいるので、この村のことを知らない人には分かりにくいのでした。
「分かりにくい場所にあるので、もしよろしければ、ご案内します」
「じゃあ、お願いしようかしら」
「はい……! こちらです」
リリアは、馬をひいて歩く彼女の横に立って歩き出しました。
「……きれいな馬ですね」
「ありがとう。この馬はね、アイリスっていうの」
彼女は、ほほ笑みながら馬の首を撫でてやります。
「すてきな名前……ぴったりですね」
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