【前回の記事を読む】立派な庭の真ん中に、景観を壊すほど大きな望遠鏡……すべては可愛い孫のためだったが、彼は一度も使うことなく旅立ってしまい……
ホームランとフォーマルハウト
「ベテルギウスみたいな話じゃないよ。もっと身近なことだ」
こちらの心を読んだように水口さんは言った。身近と言われても困る。なんとかギウスがどういうものかさえわたしにはわからない。
その疑問を解いたのは、ジャイアンツの少年だった。
「僕知ってる。ベテルギウスはオリオン座のアルファ星だ。急に暗くなって、爆発するんじゃないかって騒がれた星だ」
それくらい知らないの、って顔で睨まれた。そんな知識はなくたって、普通に暮らせてるからいいじゃない、と睨み返す。
「おや、ジャイアンツくん。詳しいね」
大人から褒められて、彼はキャップの上から頭を掻いた。
「君は近所の子かな。名前はなんて言うの?」
「あつしです、瀬戸内篤。こっちは妹の由香」
女の子がぺこりと頭を下げる。
「はいはい、こちらこそ。ワシが好きなのは、フォーマルハウトっていう星だ。今時分の夜、南の空で光っとるよ」
「知ってる。みなみのうお座のアルファ星。秋の星の中で、一つだけの一等星だ」
野球少年は、天文少年でもあったようだ。同族の出現に水口さんの頬が緩んだ。年寄りの相手は子供に任せてこのまま遁走しようか、と本気で思った。
「だけど、あんな面白くない星、どうして見たいの?」
急にくだけた口調になったのも気にならないようで、水口さんは柔和な表情のまま、アツシくんの質問に答えた。
「ワシに似てるからだよ」
「え?」
「まわりに誰もいない、一つだけぽつねんと光るところがな」
この答えに子供たちは、「へ?」という顔になり、わたしの胸はドキリと脈打った。自分のことを言われたのかと思った。
わたしにも、心から友と呼べるものがいない。そうなった理由はわかっている。自らそう仕向けているからだ。
わたしは、人から無視されるのが怖い。すごく怖い。仲良くなってから冷たくされるのはもっと嫌だ。久しぶりに街で遭った昔の同級生に、「誰だっけ」という顔をされた時などは、立ち直れないくらい落ち込んでしまう。
人の記憶に残らない存在。それを自覚した時、一つの決め事をした。最初から友達なんて作らない方がいい、という予防線を張ることにしたのだ。
進学で新たな環境に入っても、社交性は封印した。キャンパス外ライフのほとんどは一人旅。人との出会いを求めたわけでなく、ご当地の旨いもの巡りがしたかったのでもない。行く先は旅行雑誌にも載らないような辺地ばかりで、人間感情のしがらみのない自然景観と対話するためだ。
当然友人はできず、変わり者というレッテルを貼られてしまったが、それで構わないと思った。寂しくないわけがない。辛いに決まっている。だけど、「誰だっけ」とか「なんであんたがいるの」みたいな恐怖に晒されるよりはずっとましだ。