第二章 小窓尾根
どこかから低く、獣のようなうなり声が聞こえていた。
「滑落したのはこいつ一人ですかね?」と川田が鬼島に聞いた。
「下だよ」と鬼島が答えた。
滑落者のハーネスから下方に伸びているロープの先にもう一人ぶら下がっていた。腰が背中から折れ、後頭部と踵がつきそうな格好で垂れていた。
「何だ、あのうなり声?」
「まだ生きてんだろ」と言って鬼島は、さらに下に伸びているロープに再び下降器をセットした。そして「見てくる」と言ってさらに下降していった。
露岩上の滑落者は震え、すすり泣いていた。川田は肩を叩きながら「大丈夫? どこか痛いところは? 怪我してないですか?」と声をかけたが、若者は全身を強ばらせながら、「死にたい、死にたい……」と呟いていた。
川田は声をかけながら若者の背中をさすり続けた。滑落者の震えは止まらず、全身を棒のように張りつめたまま「死にたい、死にたい」と繰り返すだけだった。もう一度「痛いところはないですか?」と聞くと、今度は「ここ」と左腕をさすりながら「ここが痛いです」と言った。
「足は? 足は大丈夫?」と川田は聞いた。
滑落者は座ったまま足を動かし、首を横に振って縦に振った。
「大丈夫なの?」
「はい、たぶん」と若者は答えた。
「運が良かったよ。これだけ滑落したのに、その程度なら」と川田が声をかけた。
「ダメだ! 頚椎が折れてる!」下方から鬼島が怒鳴った。