第二章 小窓尾根
長倉を落ち着かせようと川田は声をかけ続けた。一方、鬼島は見向きもせず、鬼島と川田が懸垂下降をしてきた二本のロープのうちの一本の末端を、カラビナを使ってハーケンに結束されたスリングに固定した。そして固定されていないもう一本のロープを引いて、結束が確実であることを確認し、登高器をロープにセットした。
次の瞬間、鈍い衝撃音が響いた。音は連続して大きくなり、ひときわ激しく轟くと上方のオーヴァーハングから巨石が跳ねた。
「ラクだ!」と鬼島が叫んだ。
「ラク! ラクッ!」
鈍い金属音が谷間を切り裂いた。
川田は長倉を抱え、岩壁に身体を貼りつけた。落石は岩で砕け、鋭く空気を切り裂いた。耳を掠めて擦過音を浴びせ、矢のように木や岩肌を突き刺し、それ自体が割れ裂ける音までも谷間にこだました。谷底に消え去ったあとも、幾ばくの間か漂い、ようやく緊張が弛緩すると、再びびょうびょうと吹きつける風と雪の音のみが耳を掠めるようになった。
もう完全に過ぎ去ったかと、川田は顔を上げ下方を確認した。岩同士が激突したあとの金属が焦げる臭いがした。顔を戻すと目の前には、固定されていた二本のロープのうち、一本が力なくだらんと下がっていた。鬼島も上方を仰ぎ、切れ落ちたロープを掴み拾い上げた。川田はまた見上げた。
その切り裂かれた切り口は、はだけたナイロンの繊維がだらしなく広がっているだけだった。