第一章 初夏の弔問

手の指がない。握ると、思い知る。拳がきつく固まらず、二の腕の筋肉は盛り上がるが、力は霧散していく。

例えばこの拳で何かを殴っても、壊れるのは短い三本の指。それほどにだらけて固くない。はがゆく、青筋を立て歯を食いしばり力を込めるけれど、込める先が切れているのだからどうしようもない。それでも許せず渾身の力を込め、残っている指の爪が掌に食い込み血が滲むほどに込め続け、そのうちに疲れ果てて眺めると、握りようもない三指の断面がギロリと露わになる。

そこは丸く、なるほどここが蝶番の機能をしていたのかとわかるが、真一文字に入った傷口は膿色に腫れ今にも白い骨が露出しそう。それが証拠に触れれば激痛が走る。拳を解き広げると、やはり手品のように関節二つ分がない。それはまた滑稽で吹き出しそうになる。大衆に見せつけてやりたくもなる。種も仕掛けもない、この指のない滑稽を。

足の指もない。動かそうにも、動くものがない。筋骨に力を入れれば付け根の骨は浮くが、その先がない。力を入れすぎると皮膚の縫い目が千切れそうになる。素足になれば、かつて指が生えていたはずの根本は丸く、黒ずんだ紫と赤が染みついている。触れると、吐き気を催す。梅雨や、蒸した夏ならば、変色した傷口は爛れ腐るに違いない。

先端の縫い合わせはくっきりと残っていて、ものが当たれば激痛が走り、調子の悪い時には腫れ上がる。やがては皮膚に覆われると医者は言うけれど、今はそんな日が来るとも思えない。せめて、歩行時の痛みさえ取れればと思う。平坦な街中だけでも苦痛なく歩くことができればと、せめて、思う。

そんな、切れた指が生える。ニョキニョキと再生するか、最新の医療手術で元通りになっている。傷も腫れも消え、自由に曲がり、地面を蹴る。ものが当たっても痛みはない。何だよ、結構簡単だったなと、肩を叩かれて笑う。そうだ、それは簡単だった。もうこれ以上、苦しむこともない。

しかし再生した指はすぐに腫れ始める。赤黒く膨れ、はちきれそうな皮膚はパラフィンのように薄く光りながらブヨブヨと膿をはらみ、膿は骨や筋を溶かす。関節を折った瞬間にパラフィンが裂け、勢い良く飛び出た血混じりの膿が口に飛び込む。苦みと腐臭が口一杯に広がる。曲げた指は激痛を伴って朽ち、もげて元通り。