第二章 小窓尾根

「切れた……」

そう言う鬼島の足下に、ロープが破断面をむき出しにしてとぐろを巻いていた。はるか上方には、オーヴァーハングの縁に、ロープのもう一方の破断面が、ナイロンの繊維をだらしなく広げて揺れていた。

「ああ!」と川田も切れたロープを見て叫んだ。

「ロープ、切れちゃったんですか……」足元でうずくまっている長倉が、二人を見上げた。

そして「もう、登り返せないですよね? どうするんだよ? どうなっちゃうんだよ……」と長倉はまた頭を抱えて泣き始めた。

懸垂下降のためにスリングの輪を通しただけのロープは、両端を同時に引けば抜けることはなく登るための手掛かりにできるが、片方の末端だけを引けば抜ける。

切れたロープの末端は、手の届かないオーヴァーハングの縁にあり、二本同時に掴むことはできない。切断を免れ手元に伸びているもう一方のロープを引いてみると、やはりするすると動き、切れたもう一方の末端は、オーヴァーハングから上に跳ね上がっていった。

つまり、もう、ロープを頼りに登り返すことはできない。「どうします?」

鬼島は切れ落ちてきたロープの残骸を拾い上げ、破断面を見つめていた。

「やばいですよ、こんなハング帯、登り返せないですよ!」川田が声を荒げても、鬼島は微動だにしなかった。

「鬼島さん!」

「わかっているよ!」

鬼島は氷壁を見上げた。

オーヴァーハング帯は氷雪を伴い手前に突き出し、垂直以上の絶壁を形成していた。ところどころに赤茶けた岩片が露出して破砕帯の様に広がっていた。

「川田、下の奴の装備を全部持ってきてくれ」