「登り返すのですか」

「ああ」

「登れますかね?」

「それ以外、ないだろ」「藤山さんは、ダメ?」

嗚咽混じりに、氷壁に顔を押しつけたまま長倉が聞いた。

「ああ」

「ひでえ……」

「それ以上言うと、お前もここから叩き落とすぞ!」と鬼島が怒鳴った。

川田はロープを張り直し、下方にぶら下がっている藤山めがけて懸垂下降した。藤山の顔は頬肉が裂け出て、首は捻れ、顔面は内出血のシミが浮き出し、右目が飛び出していた。砕かれたヘルメットの脇から覗くこめかみには、もう紫色のチアノーゼが広がっていた。

川田は吐き気を押さえて、顔を背け崩れた顔と首をかばいながら藤山が背負っているザックを外し、そのまま背負った。

「鬼島さん。ギアはどうしますか!」と、上に向かって怒鳴った。

「全部取ってこい!」

川田は、藤山が身につけているカラビナ、スリング、ハーケンなどの登攀道具をすべて取り外して自分のギアラックに取りつけた。藤山はアイススクリューも持っていた。アイススクリューは氷瀑を登る際にハーケンの代わりに氷に捻じ込む道具で、小窓尾根には不要な装備だった。川田は回収するか疑問に思ったが、念のためそれも外して自分のギアラックに取りつけた。

そして藤山の背中からザックを外して背負い、登り返すためロープに登高器を取りつけようとするが、手が震えて上手くロープを通せなかった。

何だよ……

落ち着け……

作業を中断し、深呼吸をしてみたが震えは止まらなかった。やっとの思いで登高器をロープに通すが、登り出しても足が震えてしっかりと壁を蹴ることはできなかった。激しく息を上げながら何とかテラスまで登り返すと、鬼島がトランシーバーを取り出していた。