馬場島の登山指導センターは騒然としていた。山麓の上市警察署から小窓尾根で滑落事故があったという連絡を受け、それまでストーブの炎に緩んでいた室内の空気が一気に張り詰めた。

鬼島の非常通信を拾ったアマチュア無線家は、電話で警察にSOSが発されていることを伝えた。すぐに管轄の富山県警上市警察署に連絡され、上市警察署は改めてそのアマチュア無線家に連絡を取った。

場所は剱岳山域の小窓尾根上のピラミッド状岩壁、二,四〇〇メートル地点。池ノ谷側に二人が滑落し、そのうち一人は意識があるとのこと。通報は前後して行動していた別パーティーによるもので、そのパーティーが可能な限りの救助活動を行うこと。

事故発生時刻はだいたい午前七時十五分。その時、現場近くは濃霧、吹雪で、視界は二十メートル程度であること。そして、救助に向かった二名のパーティーの名前、住所、年齢、所属山岳会など、鬼島が非常通信で伝えた情報がそのアマチュア無線家から上市警察署へ伝達された。

そして上市警察署は、遭難対策本部を設置するかどうか検討に入った。それと同時に、馬場島の登山指導センターに状況を連絡した。

馬場島の指導センターでは、現在小窓尾根に入っているのは二パーティーだけであることを確認し、通報したのが鬼島、川田であることから、滑落したのは藤山、長倉パーティーであると判断した。藤山、長倉の自宅に連絡を入れるとともに、鬼島パーティー、藤山パーティーそれぞれの所属山岳会にも事故の連絡を入れた。

それから救助計画についても話し合われた。小窓尾根周辺の地図が広げられ、現場である二,四〇〇メートル地点の池ノ谷側の側壁の形状が入念に調べられた。滑落後の遭難者の状況などが数パターン想定され、さらに現在の天候、この先二、三日の気象動向などが確認された。