「こいつのロープ解くから、引き上げろよ!」

鬼島から「ロープアップ!」と声がかかり、川田は肩を躍動させて滑落したパーティーのロープを手繰った。すべて引き上げて束ね、隣でしゃがみ込んでいる若者とそのロープとの結束を解こうと手を伸ばすと、滑落者は「何すんだよ!」と川田の手を払った。

「死にたい、死にたい……」と若者は繰り返した。

川田はまた手を伸ばし、今度は力なく抵抗する手を押さえてハーネスに結ばれたロープを解いた。ロープを解かれると、滑落者はまた膝を抱え、岩壁に頬を押しつけた。

「俺らは死にたくないんだよ」と、懸垂下降用のロープを使って登り返してきた鬼島が言った。

「あんた、名前は?」と、鬼島が聞いても若者は答えなかった。

「おい!」

鬼島が滑落者のヘルメットを叩いた。

「名前は?」

「長倉です」

「ユマーリングはできるか?」

「ユマーリング?」

「知らんのか?」

滑落者は、涙目を細めて首を振った。

「そんな基本技術も知らずに、よくも冬の剱に入ったな!」と鬼島が怒鳴ると、滑落者はさらに泣き声を高くして頭を抱えた。

「プルージック(スリングをロープに巻きつける結び。結び目をロープ上で移動させたり固定させたりすることが可能)は知っている?」

声を和らげて川田が聞くと「はい、知っています」と答えた。

「ユマーリングはプルージックと同じだよ。ロープを伝って上がる。スリングの代わりに登高器を使うだけだ」

鬼島は、懸垂下降に使ったロープをハーケンに固定すると、長倉のハーネスを掴み引き寄せ、スリングの紐を結束し登高器を取りつけた。