【前回の記事を読む】床に臥す秀吉。脳裏によぎる若き日の情景――信長様に最初に逢ったのは、18歳の時だった。偶然か必然か、当時の儂は…

草履取り士官の訳

すると信長は、感心するように言った。

「そうか、商いで生駒屋敷へ来たか? それで吉乃がお主(ぬし)を推して働くようになったのか? 帥はとても強運の持ち主だな。

そして名を藤吉郎と言うか? ここから見ていると、帥は主や番頭、皆の要望に俊敏に応え無駄なく働いている。

実に殊勝、中々できぬこと。普通は陰でサボり働いたフリをして禄だけ貰う輩が多い。

織田家中でもそんな輩をたくさん見てきた。儂はサボる奴が大嫌いでの。即刻クビにしてやりたい輩もおる。

だが彼らにも家がある。そう簡単にクビにするわけにもいかぬ。そんなとき、働き者のお主を見つけたのよ。これは運命と思うたわ。

近くで見るとお主は顔に皺があり背も小さい。

体を丸めて庭内を動き回る様子は、まるで猿かネズミだな。

そうだ、お主のあだ名を猿としよう。藤吉郎では少し面白くない。仕事ぶりも気に入ったぞ。帥さえよければ織田家で働かぬか?

まずは草履取りから始めよ。つまり私の身の回りの世話から始めてみよと言うことだ、どうじゃ?」

それを聞いた藤吉郎は、

「本当ですか? とてもうれしゅうございます。

草履取りに召し抱えてくださり誠にありがとうございます。滅私奉公して必ずや、お殿様の役に立ててみせます」と返事をして信長への忠誠を心に誓った。

藤吉郎18歳、農民から憧れの武家奉公が決まった瞬間だった。

信長は、その日以来、藤吉郎のことを猿と呼ぶようなった。