時が経ったある日、信長は軍議で主要な討議が一段落すると、城内にいた藤吉郎を見つけ近寄り、悪戯心で尋ねた。
「猿、元気か? ちとここへ来い。話したいことがある。かねてから思案していたことだが、帥について知りたいことがある」
「はは、信長様なんなりとお尋ねくださいませ」
藤吉郎は酔心する信長に声をかけてもらった嬉しさで答えた。
「儂は、天文3年5月の生まれだ。帥は、いつどこで生まれたか? なぜ生駒家におらず、儂のところで働きたいと所望したのか?
羽振りが良い生駒屋敷の方が命も生活も安泰だったはずだし、他にいくらでも士官先はあったはずだ。
今川、武田、徳川とな。それなのになぜ織田家を選んだのだ? 弟信勝は身なりも行動も正しく、儂とは対照的であったぞ。
織田家は信勝派を中心に多くの反対勢力との確執があり内紛が絶えない時期でもあった」
信長は猿の本音を知りたくて率直に聞いた。
「それに帥は、いつから儂のことを知っていたのだ?
儂は、弱小尾張国の大ウツケで評判な若者であった。あれは周りに油断させるため意図して行った戯れだが……あの異様な風体に奇怪な振る舞いには、全て理由があったのだ。
その理由を知るのは、犬千代(前田利家)と濃姫くらいだ。
儂に理解を示していたのは、叔父の信光様と濃姫の父、斎藤道三殿くらいだった……」
そう言って信長は藤吉郎の顔を覗き込むように見た。
返答次第では、士官取り下げの可能性を秘めた質問に思えた。藤吉郎は背筋を伸ばしてはっきりと言った。
「今更そのようなことを言われるとは、予想もしていませんでした。私は士官したばかりで織田家の確執はわかりません。
ですが、よもや殿はお忘れですか? あのことを」