老女は何か一言ありそうに首をひねった。葬式(そうしき)でもないのに全身黒い服を着たこの老女は、いつもこんなふうに偏屈(へんくつ)だ。

もとは村にたった一人いた医者の娘だが、父親が町から連れてきた婿(むこ)は、五年経って何を思ったか医者をやめて養蜂家(ようほうか)に転身した。

夫はそれから「蜂(はち)の旦那」と呼ばれるようになり、彼女は表向きには「蜂の奥さん」、裏ではもっぱら「蜂のばあさん」と呼ばれている。実際の年はまだ六十をすぎたくらいだが、身を構うこともしない陰気な女は実際の年よりもずっと老けて見えるからだ。

婿にきた若先生が養蜂家になったのは、家にいて妻と顔を合わせていたくなかったからだと言う者もいれば、老先生と反(そ)りが合わなかったのだと言う者もいる。

いずれにせよ夫は、春がまだ訪れぬうちから南に向かい、蜂とともに花を追いかけ移動して、十一月になってようやく家に戻るという生活を十四年続けた。そして十五年目に、家を出たまま行方(ゆくえ)をくらましてしまったのだ。

ひっつめた白髪、面長な顔に細く長い鼻、にこりとも緩まない頬。少しまん中に寄りすぎた二つの瞳はいつも相手の嘘を見破ろうとしているかのように油断がない。愛想など微塵(みじん)もない顔だ。

仮に彼女の内面にどれだけかわいらしい部分があったとしても、表情は意固地なほどにすべてを閉ざしてしまっている。

本当の名前はアニタという。夫がいなくなってから、もう誰もそう呼ぶ者はなく、夫がいたころも、何度そう呼ばれたかさえ覚えがない。

「危なっかしいもんだよ」

小さくつぶやいたアニタは見透かしている。カーシャの世話をやくユーリの心の奥にひそむ暗い色をした何かを。

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次回更新は10月28日(月)、21時の予定です。

 

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