イヨロンドは、もとはここよりずっと北方の小さな港町の出身だったが、彼女の母のフレデリケが、ノエヴァという、このアンブロワに囲まれた場所に位置する小領主の後妻に納まった時、連れ子としてやって来た。
ノエヴァ領主のアルチュールには、先妻との間にエリザベトという五歳の娘がおり、七歳のイヨロンドが彼女の良き話し相手にも姉にもなろうと母娘ともに迎え入れたのだが、思えばそれが大きな過ちだったのだ。
イヨロンドは七歳にしてすでに大人顔負けの処世術を身につけていた。
遠い噂によると、最初の夫に嫁いだフレデリケがえらく月足らずで産んだ子で、そのため私生児ではないかと疑われ、生まれ落ちるや彼女は我が身を護(まも)るために周囲と戦わなければならなかった。
誰に媚びへつらえばよいか、誰にどのようなやり方で脅しをかければ最も効果的か、それらおよそ子どもらしからぬ知恵を、彼女は幸か不幸か幼い頃より身につけていた。
であるから、母と一緒にノエヴァへやって来たときも、彼女は居場所選びをしくじりはしなかった。
領主のアルチュールの前では肩身の狭い遠慮がちな連れ子を見事に演じたし、ことあるごとに"お心優しいご養父さま"への感謝の言葉を繰り返した。が、一方エリザベトに対しては底意地の悪い姉として君臨し、幼い妹を怯えさせた。
大人たちの目に留まるような悪事は一切しなかったが、イヨロンドは無垢なエリザベトの耳元にそっと呪文のように囁(ささや)いた。
「お前なんか、いつだって追い出してやれるのだからね」
【前回の記事を読む】「この村の扉を開放して、みんなで堂々と外に出ていきたい」という青年。村で一番具合の悪い彼を必死に止めようとするものの…
次回更新は10月18日(金)、18時の予定です。